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「フィジカル」と「デジタル」のあいだで (1) 暗闇の中で感じたこと
2005年2月21日 掲載
暗闇の中で感じたこと
ITをめぐるデザインといえば、ディスプレイの向こう側にあるデジタルな世界を対象にしたものと、多くの人が考えがちだ。だが、そもそもデザインが、いったい誰のためのものかを考ると、これは決して実体のない情報だけの世界を相手にしたものではない。むしろ、情報環境が急激ユビキタス化しつつあるいま、私たちの身体や環境を成り立たせているフィジカルな世界と、ウェブをはじめとするデジタルな情報世界という、二つの世界を重ね合わせ融合する、新しいデザインの発想と技法を確立していくことが喫緊のテーマだろう。
このエッセイ風の論考では、「DESIGN IT!」の根幹をなす情報とデザインの問題を考える時に見過ごしがちな一つの視点——フィジカルとデジタルの関係性について、僕なりに体験したことを通して綴っていくことにしたい。
情報デザインの基軸にあるのは、身体と環境の対話だ——そのことに改めて気づかされたのは、数年ほど前に体験したあるワークショップがきっかけだった。
「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」——まっ暗闇のなかでの対話。1980年代の終わりに、ドイツで始まったこのワークショップ形式の展覧会は、その題名の通り、漆黒の暗闇の中を歩きながら様々な体験をおこなうというもので、欧州の各都市で開催され、すでに100万人以上の体験者がいる。ドイツでは、ダイムラーベンツ社がトップマネジメント向けの研修プログラムとしても採用しているという。日本では、NPO法人ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパンが数年前から全国各地で開催している。
暗闇での濃密な体験を、僕は昨日のことのように鮮やかに記憶している。
会場に赴くと、僕を含む参加者5名は運営スタッフから白杖を手渡された。視覚障害者が手にするあの白い杖だ。自分の手先も分からぬほどの暗闇を歩くのは、僕らにとってまったく容易なことではない。この杖は、ふたたび光の世界に出てくるまでの間、外界をセンシングするための唯一の道具となる。杖を手にして、いくぶん緊張しながら本当の暗闇への入口の手前まで来ると、サングラスをかけ、同じような白杖を持った男性が一人、待ち構えていた。彼は、これから僕らの暗闇のショートトリップを案内してくれるアテンド(ガイド役)で、視覚障害を持っている。いわば彼は、常に暗闇を生きる「専門家」なのであり、この体験はアテンドである視覚障害者と晴眼者が、同じ知覚のモードを共有しながら行われるのだ。
アテンドの男性に促され、いよいよ暗闇の中へ。おぼつかない足取りで恐る恐る歩を進める。最初、暗闇は僕らの身体にべったりと張り付き、行動を危うくさせる。まるで闇に強い圧力があるようにさえ感じ、目まいにも似た感覚が支配する。それでも、何とか少しずつ闇の空間を進んで行くことができるのは、アテンドの的確なナビゲーションを受けることができるからだ。
白杖を持った集団は、鳥たちがさえずる木々の間を、川に架けられた橋を、あるいは横断歩道や砂浜や公園へと進んでいく。時にはちょっとした困難にぶつかり、とまどいながら。光のある世界では当たり前に見えているはずのモノが見えないという不安や闇に対する恐怖は次第に氷解し、一時的に奪われた視覚の代わりに聴覚や触覚、嗅覚といった別の感覚が鋭敏になっていく。そればかりか、闇の世界に隠された情報を探り出していくことに楽しさを覚えるようになる。そのうち僕には、何も見えないのに、まるで星が瞬いているような光が「見える」ようになっていた…。
短い旅の目的地は暗闇のバー。ここでビールやワインを楽しんだ後、再び僕らは光の世界へと戻ることになる。最後に、それぞれの体験を絵や文章で表現し、シェアする。濃密で、深い知覚の体験はこうして幕を閉じた。
情報とデザインをめぐる問題を考える時、切っても切れない関係にあるのが「アフォーダンス」という認知心理学上の概念だ。環境には、様々な意味=情報が遍在していて、人間は自らの身体を道具として使いながら、それらをピックアップしている。一時的に視覚が奪われることで、他の様々な感覚を呼び覚まし、環境に遍在している情報と対話していくダイアログ・イン・ザ・ダークの体験は、僕らにこのことを実に鮮やかに教えてくれた。
モノとしての実体を持たない、ウェブサイトなどの情報系をデザインする時にも、必ずその背後にはリアルな環境や身体がある。すべての人々にとってアクセシブルな、人間本位の情報系をデザインするためには、このことを決して忘れてはならない——そんな(当たり前といえば当たり前の)想いを抱きながら、僕は暗闇に包まれた会場を後にした。
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