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センスを共有したデザイナーとエンジニアが新しい時代を創る
2008年8月18日 掲載
『DESIGN IT! magazine』vol.1のインタビュー記事「EYES」を掲載しています。
日本を代表するデザイン誌である「AXIS」のアートディレクションを手掛けてきた宮崎 光弘氏。
一見、ITの世界とは無縁のようだが、Webサイトのアートディレクションやユーザーインタフェースのデザインにも積極的に取り組み、さまざまな受賞歴もある。これから始まるデザインとITの新しい関係について聞いた。
-仕事としてデザインを手掛け、そして情報デザインの分野に進むことになったきっかけと経緯を教えて下さい。
学生時代はファインアートが専門で、デザインについての教育をほとんど受けていません。就職した出版社では、写植の切り貼りのような下積みから始めて、雑誌のアートディレクションまで、一から現場で学ぶことができました。そして、AXISに籍を移すのですが、当時はそこでも現場の人数が少なかったので、アートディレクションをしながら編集もするなど、いろいろと経験しました。
まだ、DTPというものはありませんでしたが、「アメリカではMacというものを使って出版物を編集しているらしい」という噂を聞きつけて、「Macintosh SE」という機種と「Laser Writer」というモノクロのレーザープリンタを試験的に導入しました。これがコンピュータとの出会いです。
このDTPを通して、コンピュータを使っているうちに、デジタルの新しい可能性に気がついたのですが、はっきりとした転機になったのは91年、AXIS10周年の企画展でした。
AXISの創刊から続いた「ポストモダン」(用語解説参照)という基軸とは異なるテーマを探していた ところ、出会ったのが「情報選択の時代」という書籍です。まだ「情報デザイン」という言葉が一般的ではない時代でしたが、「これだ」と感じるものがあり、すぐに著者のR.S.ワーマン氏にサンフランシスコまで会いに行きました。そこで、企画展への参加を要請したところ、幸運にも「OK」との返事をいただきました。それが「10」という企画展となり、ワーマン氏と一緒に仕事をする機会を得たのです。
また、当時の私の上司は、前職がバリバリの工業デザイナーでした。その関係で、例えばバイク にまたがるという「行為と直結したインタフェース」に出会えたことは、その後のGUIだけで終わらない「五感を使ったインタフェース」の考え方につながっていったと思います。
MSNの立ち上げにもキーマンとして参画
-いち早く経験した「情報デザイン」をもとに、Webなどのデジタルメディアを手がけられるようになったということですね。
AXIS 41号「特集/インフォ・デザイン」R.S.ワーマンの仕事を日本で最初に大々的に取り上げた。
「Windows 95」が登場したとき、マイクロソフトでは「MSN」というネットワークサービスも一緒に始まりました。このMSNの基本UIデザインの開発に参画しましたが、そこではリビングワールドを主宰されているプランニングディレクターの西村佳哲氏との共同プロジェクト「サウンドエクスプローラ」なども立ち上げました。また同じ時期に、文化人類学者の竹村真一氏や、情報デザイナーの渡辺保史氏が関わっていらした「センソリウムプロジェクト」にも参加しました。
この時期はインターネット関連の仕事がかなり増えましたね。それで、雑誌もWebも横断的にこなせるようなスタッフを集めました。この頃手がけたWebサイトとしては、NTT 東日本や毎日新聞など、大規模サイトの制作が中心でした。
その後、徐々にキャンペーンサイトを手掛けることも増えていきました。Webにきた見込み顧客を、どのように本当の顧客にしていくかという導線を企画するなど、今でいうCRMのようなことをクライアントやスタッフと一緒に考えました。キャンペーンサイトでは、顧客やユーザー視点という考え方、その結果としての「ユーザーエクスペリエンス」、どれも今では一般的になってしまいましたが、それを他に先駆けてやってきました。
エモーショナルUIと「気づき」の関係
-先ほど、「五感を使ったインタフェース」というお話がありましたね。
GUI が登場して30 年以上になります。我々はその特性を生かしたデザインを考えてきました。そ して、GUIの次のUIには、「エモーショナルユーザーインタフェース」(Emotional User Interface)と我々が呼んでいるものがくるのではないか、と考えています。任天堂の「Wii」もそうですし、アップルの「iPhone」もそれに含まれるかもしれません。MITの石井裕教授が提唱された「タンジブル・ビット」も、その先駆けだと思います。
自身がアートディレクションを行うAXIS誌。参画当初は、広告から編集まで、横断的に携わった。
こうした身体感覚を延長したインタフェースが環境の一部になっていくと、ユビキタスという考え方とも関係していくことになるのでしょう。
例えば、今、私が話している言葉はフォアグランドの情報です。そして、その回りには部屋の空調の音など様々なバックグラウンドの情報があります。コンピュータはこれまで、フォアグラウンドの情報しか扱ってきませんでした。これからは、ユビキタスな機器が、これまで対象としなかったバックグラウンドの情報を取り込み、情報同士をつなぐでしょう。そこでどんな反応を返すとどんな体験ができるのかが、次のインタラクションデザインかもしれません。
AXISのデザイングループでは、美術教育を受けた人の他に、工学系でデザインに興味のある学生も採用しています。美術的な要素と技術的な要素が交わることで、新しい可能性を感じています。社内では、正式な組織ではありませんが、「フィジカルコンピューティング部」という部活動のようなものがあり、その中でいろいろと試みています。このグループの成果をメーカーにプレゼンテーションすると、興味をもってくれるケースも多く、企業の意識も変わっていると感じています。
こうした新しい世代が、新しい情報デザインを創造していくのかもしれませんね。
デザイン戦略から企業をサポート
-その考え方は、現在のお仕事にどのようにつながるのでしょうか。
AXIS は、大きく3 つの事業を展開しています。一般向けのデザインショップと、デザイン・プロに 向けたギャラリーや雑誌の運営、そして「AXIS Design」という企業向けにデザインを提供する組織です。この中で、AXIS Designの活動が先ほどの話と密接に関係します。AXIS Designでは、デザイン戦略と呼ばれる分野から企業をサポートします。
具体的には、企業がデザインを導入する際の意思決定を支援する役割を担ったり、意思決定の質の向上のためにコンサルテーションもします。企業のデザイングループと一緒に、そのデザイン戦略を考えるワークショップを立ち上げることもあります。
次に、定量や定性のリサーチを行い、コンセプトメイキングをします。この過程で、はじめてデザインする範囲を規定し、外見をデザインするだけなのか、機能そのものをデザインするのか、などそのプロジェクトに最も適したデザイン範囲を提案します。そしてはじめて、実際のデザインに着手します。
-最近の事例で興味深かったものはありますか。
セットトップボックスのプロジェクトが面白かったですね。「やさしい未来」というコンセプトを提案して、使用するユーザーを、初心者なら「わかりやすさ」、さらに便利に使いたい人には「学習しやすさ」、熟達者には「使いやすさ」、という3 つの「やすさ」を考えました。そしてテーマごとに、セットトップボックスの筐体やリモコン、画面のインタフェースを関係づけ、どの部分にどのようなデザインやインタラクションを組み合わせるかを考えて、連携させながら、最終的な目的を達成していきました。
従来であれば、画面内のGUI だけがデザインの対象だったかもしれません。しかし、ここではその製品を通したサービスや経験をデザインしています。当然、そのためにはユーザーが触れる全ての要素を組み合わせて考えていく必要がありました。
デザインの情報システムへの浸透は「気づき」から始まる
-こうしたデザインや新しいUI に対する意識は、企業情報システムという分野にも広がるでしょうか。
プロジェクトの目的に合致したデザインであれば、広がっていくでしょう。とは言え、すべてが演出過多になる必要はありませんし、他の一般のUIと同じレベルで評価するのは難しいといった点は残ります。
AXIS designが提供するサービス。クライアントとデザイン戦略を共有した上で、様々な分野のデザインをワンストップで提案していく。
企業システムにデザインを持ち込もうとするなら、まず、UIを変更することで「生産性が向上する」とか「戦略につながる」ということに、気づくとが大切です。「システムだからこういうものだろう」という視点からでは、重要なことをとりこぼしてしまいます。これは、ECサイトのようなB2Cのシステムであっても、社内システムのようなB2Bであっても同じです。
-「気づき」の視点が大切ということでしょうか?
家の近くにとても繁盛しているコンビニがあり、なぜだろうと思ってそこの店員さんを観察したことがあります。私にはクールな接客だったのですが、あるときそこの店員さんが、おばあさんに対してペットボトルのキャップを空けてから渡しているのを目にしました。確かに握力の弱ったおばあさんには、ペットボトルのキャップを空けるのは一苦労だったでしょう。一見、マニュアル通りに効率を優先しているようなコンビニでも、実は質の高いサービスを実現している店では、顧客にあわせてきめ細かく対応しているこ とを初めて知りました。
情報システムでは、効率を上げるためにデジタル化を進めていますが、その代わりに失うものは何なのか、そして新しく付加できる価値は何なのか、そこがまさにデザインが考えるべき領域と言えるでしょう。
常にユーザー観察という視点を持つこと。その上で、パートナーとしてユーザーと接することができれば、その結果としてデザインが企業の情報システムにも取り入れられていくのではないかと考えています。
(聞き手:篠原 稔和)
『DESIGN IT! magazine』vol.1のインタビュー記事「EYES」を掲載しています。
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