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ECMはデータ管理のBPR システム統合からコンテンツ統合の時代へ

2008年9月11日 掲載

DESIGN IT! magazine』vol.1のエッセー「Navigation」を掲載しています。

清水誠

執筆:
楽天株式会社
開発・編成統括本部 工程改善部
清水 誠

企業競争における差別化につながる要素として、デザイン、そしてユーザーインタフェース(UI)の重要性は論を待たない。ただし、UIだけに傾注すればよいというわけではない。UIはユーザーとサービスの間のインタフェースの役割を果たすものだ。そのため、UIを介してユーザーに提供するサービスは魅力的でかつ価値の高いものである必要があり、サービスを下支えする「コンテンツ」は整理され、いつでも再利用できるようにされていることが不可欠だ。本稿ではコンテンツを管理するための手法をはじめ、そのシステムの考え方や体制について、戦略的なコンテンツマネジメントを実現するために取り組むべきことを、この分野の第一人者である清水 誠氏が解説する。


ここ数年の情報システムにおけるホットな話題に、ERP(用語解説参照)とSOA(用語解説参照)がある。前者は基幹系の業務アプリケーションなど、分散したシステムの統合がテーマだ。各種のシステムを刷新して統合するという試みに挑戦した企業も少なくない。一方、後者は各システムをサービスとして捉え、サービス間を標準化されたインタフェースで連携させる、という最近の考え方だ。

これと同じことが、マーケティングコミュニケーション(コンテンツ制作)の分野でも起こりつつある。コンテンツ制作自体には、特にその表現の部分に関して、以前からデジタル技術が使用されてきた。だが、後述するように様々な職種の人々が別々のフォーマットの元で作業し、一度作ったコンテンツは価値があったとしても再利用が難しい形で保管されてきたのが現状だ。そのような状況を変えていこうとする動きが、今回紹介する、コンテンツの統合と管理を行うエンタープライズコンテンツ管理(ECM)だ。


UIの発展を背景にコンテンツの重要度が増大

図1:UIは「データ」「コンテンツ」とユーザーを媒介する
図1: UIは「データ」「コンテンツ」とユーザーを媒介する
ユーザーはUIを介してサイトとインタラクトし、UIは機能を介してデータやコンテンツとインタラクトする。データやコンテンツを利用しやすい状態で管理しておくと、サービス(サイト)の立ち上げや改善が容易になる。

Web2.0 ブームや標準化準拠への機運の高まりと相俟って、Web サイトはここ数年の間に機能と操 作性の面で大幅に進化した。この背景には、Ajax(Asynchronous JavaScript + XML)やRIA(Rich Internet Applications)などのテクノロジーの発達と同時に、ノウハウなどの共有が加速したことが挙げられる。併せて、ユーザー視点での快適な操作性(ユーザーエクスペリエンス)の提供がビジネスの差別化につながる、と経営者が認識するようになったことも重要なポイントだろう。

また、Webとは無縁の独自ソフトウェアで、ユーザーインタフェース(UI)を構築してきた業務アプリケーションの分野でも、WebアプリケーションでフロントエンドのUIを構築するケースが増えている。携帯音楽プレイヤーや家電などのデバイスにおいても、UI の完成度がビジネスの勝敗を分けることは、最近の「iPod」や「iPhone」の躍進によって常識になりつつある。

UIはビジネスの差別化につながる重要な要素だ。とは言え、iPhoneのUIをマネすれば売れるというわけではない点に注意したい。UI はユーザーとサービスの間のインタフェースでしかない。その背後では、魅力的で価値の高い「コンテンツ」が整理され、再利用可能な状態で管理されている必要がある(図1参照)。


「データ」から「コンテンツ」へ価値の再利用を促進する発想の転換

「コンテンツ」は、これまで情報システム部門からは縁遠かった分野だ。

写真家やコピーライター、編集者、デザイナー、アートディレクター。こうした奇抜な格好の人たちが「MacOS」とデスクトップアプリケーションを操り、創造的なプロセスを経て、「コンテンツ」を制作している。制作はアウトソースされることが多く、大容量のファイルが何度も送られてくる。それらのファイルを格納するためのファイルサーバーを準備するが、ファイルの容量は大きいばかりか、古い不要なファイルまでも放り込まれるため、サーバーの容量不足に頭を抱える。PCに不慣れなスタッフが、ファイルを誤って削除したり、別のフォルダに誤って移動してしまうことも多く、ファイルをバックアップからリカバリしてほしいという依頼もしばしば発生する。

多くのシステム管理者はコンテンツに対して、このように見たり感じたりしていることだろう。

情報システム部門は「データ」を扱うのには長けていて、伝統的にデータベースやアプリケーションを構築・運用してきた。半面、コンテンツを扱うということを避け、その中身に目をつぶり、「ファイル」という仮面をかぶせて管理してきた。

ここでいう「データ」は、コンピュータが扱いやすいように記号化された情報だ。平たく言うと、テキストや数字を指す。

一方、「コンテンツ」は人が消費するため、つまり知識を得たり、楽しんだりするために編集が加えられた情報、ということができる。

価値の高いコンテンツを制作するためには、視覚や聴覚を通して感覚に訴えかけるべく、様々な工夫が凝らされる。また、受け手の知識や経験、コンテンツが消費される状況などを踏まえた編集も必要になる。さらに、コンテンツは写真やイラスト、テキスト、音声など異なるフォーマットのファイルが組み合わせられる複合ドキュメントだ。

このように、コンテンツはデータと比べて複雑で非構造的と言える。そして、この特性が、「データ」と「コンテンツ」の管理方法に大きな違いを生むのだ。

図2:コンテンツはファイル間の関係性までも管理が必要
図2:コンテンツはファイル間の関係性までも管理が必要

また、コンテンツは内容やスタイルが古くなれば、更新が必要になる。伝える相手やコンテキストによって、バリエーションが派生していくことも多い。時勢やビジネス状況の変化により、コンテンツがある日から全く使えなくなる、ということもあるだろう。

そのため、単純に個別のファイルを保管するだけでは不十分だ。内包や親子、関連、派生、変換といったファイル間の関係性と、時間軸(バージョン)を管理する機能が必須となる(図2 参照)。加えて、ファイルに関する付随情報(メタデータ)の管理や検索機能も必要だ。フォーマット変換や更新通知機能なども備えていないと、コンテンツはシステムの奥に埋もれてしまい、再利用が促進されなくなる。


コンテンツ管理の第一歩はコンテンツの価値への「気づき」

ビジネスにおけるWebの重要度は高まるばかりで、コンテンツの出来が売り上げを大きく左右するようになってきた。そのため、コンテンツは多くの人によるコラボレーションによって注意深く作られ、かつ複雑な構造を持つ。

だが一方で、無造作に管理されることが多く、ファイルを見つけるのに時間を要したり、紛失したり、挙句には前に作ったことを知らずに二重投資してしまう、というケースが頻発している。

ところが、これまで経営者はこうした現場の混乱と非効率を課題として認識することは少なかった。それによって、効率が悪くコスト高になっているだけでなく、誤った情報の提供や一貫性に欠けたメッセージの発信が、企業の信頼やブランドを損ねることに、なりかねないのにも関わらずだ。

最近、Web のコンテンツを管理するソリューションとしてCMS(Contets Management System)を導入する企業が増えてきた。また、iPhone などに触発され、高度なUIをいち早く実現したいと考えている企業も多くなったことだろう。

これらをきっかけとして、コンテンツを整理し、管理することの重要性に気づくことになる。だが、これまでそれを怠ってきたことによる損失とリスク、今後の長い道のりに圧倒され、途方に暮れる場合も多い。

コンテンツを整理し、管理するのは、想像以上に時間もコストも要する。決して、CMS などのITソリューションを導入すれば、済むという話ではない。その際には、コンテンツに関わるプロセスの見直しも必須になる。コンテンツに対する考え方を関係者全員が変える必要も出てくる。組織の再定義や再編成が必要な場合もあるだろう。


「コンテンツ」を中心にして「ワークフロー」が生まれていく

コンテンツを管理するためには、まず現状を把握して適切にゴールを設定する必要がある。

現在、抱えている問題や解決すべき課題は組織によって異なるだろう。だが、コンテンツの制作・管理・利用における効率と品質を高めることで、マーケティングの機動性向上や新製品投入のリードタイム削減、社員の生産性向上といった目的を達成できるという点は共通する。

そのためには、コンテンツに対する考え方を改める必要がある。もう少し補足しておこう。

これまでは、掲載や配信などのニーズを起点として、コンテンツ制作のプロセスを組み立てる場合が少なくなかった。

例えば、月刊の会報誌は配布日から時間を逆算し、原稿の締め切りや校正のタイミングを特定する。そして、そのタイミングでリリース可能な情報を絞り込み、誌面の都合で最終的に掲載可能なコンテンツとそのボリュームを確定する。締め切りが刻一刻と迫る中、社内外でコンテンツの提供元を見つけ、限られた時間内にコンテンツを収集・編集・提供するためのベストエフォートの確約を得る。その後は短期集中で作業し、帳尻合わせで何とか間に合わせて発行を終え、関係者一同は達成感を感じながら次の号の準備に着手するというわけだ。

だが、コンテンツ管理の本来あるべき姿は、こうした掲載という下流のニーズからプロセスと、スケジュールを組み立てるものではない。管理されるべきコンテンツが、発生するタイミングからプロセスを組み立て、それを安定的かつ定常的に運用していくことが、本来の姿だろう。

そのために、まずはコンテンツそのものの意義や制作・管理プロセスを見直し、標準化しなければならない。コンテンツは、ビジネスにとって生命線だ。そのため、頻繁に使われるコンテンツが常に正しい状態に保たれ、さらに掲載・配信の多様なニーズに応えられるような状態にしておく必要がある。

そして、それが実現できれば、コンテンツを組み合わせてWeb や印刷物に掲載する際の、工数や時間を圧縮できる。短期間にリソースの負荷が集中することも減らせるだろう。ワークフローをうまく組み立てれば、新製品の投入やマーケティングキャンペーンに必要なリードタイムを削減することも可能になる。


成功には欠かせない、横断的なチーム編成

図3:コンテンツ管理の導入に必要な体制の例
図3:コンテンツ管理の導入に必要な体制の例

では、コンテンツ管理を実現するために何をするべきだろうか。

制作やマーケティング、広報、製品開発、ITなど多様なスキルを集結した部門横断的なチームを編成することが必要になる。従来からコンテンツの制作と、掲載を担ってきたマーケティングコミュニケーション(企画・制作)部門だけではない。コンテンツの提供者であるビジネス部門も深く関与し、最適なプロセスを組み立てる必要がある。

また、情報システム部門が積極的に関与していくことも重要だ。「非構造型のコンテンツはファイルとして扱えば良い」、「システム開発だけ担当する」、といった受身のスタンスは止めよう。分散したシステム間で、コンテンツや情報を適切にやりとりする方法を包括的に考え、実装と運用に責任を持つようにしたい。

さらに、文書管理やナレッジ管理、ラーニング管理、ビジネスプロセス管理などのシステム、そして J-SOX 法(用語解説参照)や内部統制などにも関連してくる。

なお、これらのシステム間でコンテンツのやりとりを可能にするのが、冒頭で紹介したECMという概念だ。コンテンツの作成/収集から承認、利用、廃棄までのライフサイクルを管理しながら、他のシステムからのリクエストに応じてコンテンツを提供したり、逆にコンテンツの供給を受けたりする。知的財産であるコンテンツをセキュアに管理し、その再利用を促進していくのだ。

ECM実現のために必要となる、代表的な役割と責任範囲について、以下に紹介しておこう(図3参照)。

[導入推進チーム]

エバンジェリスト
コンテンツ管理の重要性や目的、考え方を広めるオピニオンリーダー。コンテンツ管理のあるべき姿を描き、関連部門と調整しながら、強力にプロジェクトを推進してゆく。コンテンツ管理の意義や考え方、ソリューションに関する知識・経験は必須で、さらに業務改善を推進した経験があることが望ましい。最近では個人情報保護法やJ-SOX法などの対策を乗り切った経験が活かせるだろう。

また、COOやCIOをプロジェクトオーナーとして、最上位に置くという方法もある。トップダウンの経営戦略や情報戦略である、という位置づけが明確になり、変革の推進を加速できる。

ビジネスアナリスト
自社の業務プロセス(製造業であれば商品開発や生産、物流など)に精通したアナリスト。扱うコンテンツが自社のリアルなビジネスと深く関連する場合、コンテンツの管理プロセスを既存の業務プロセスに組み込む必要がある。製品開発の段階で生まれる製品情報の一部をどう吸い上げるのか、また販売を終了する場合のコンテンツへの反映プロセスや、長期的に利用する資産として扱うための経理プロセス、時間軸を加味したROIの測定方法など、検討課題は多い。

ITアーキテクト
システムのアーキテクチャ(導入システムの選定や活用方針など)に関する判断と品質に責任を持つ。既存の基幹システムやデータベースとコンテンツを連動する場合は、特に重要な役割を担う。コンテンツ管理の場合、Webと社内システムだけでなく、DTPアプリケーションやMacOS などについてもある程度の理解が必要になる。制作系のシステムと業務系のシステムの担当を分けるという方法もある。

コンテンツアーキテクト
コンテンツを管理しやすく再利用しやすくするため、コンテンツの構造化や管理方針を設計する。デジタルの情報を構造化するという意味では、編集者よりもデータベース設計者(DBA)に近い。ただし、データとは似て非なる「コンテンツ」を適切に処理したり、検索用のメタデータの体系(タクソノミー)を定義できるなど、コンテンツ特有の知識とスキルが必要になる。

米国ではこの役割を「インフォメーションアーキテクト」と呼ぶことが多いが、その名称は日本ではWebディレクターに近い意味で使われることが多い。そこで、筆者は「コンテンツアーキテクト」という名称を提案したい。なお、コンテンツ管理のバイブルである「コンテンツマネジメントパーフェクトガイド」の著者、ボブ・ボイコ氏はこの役割を「メタター」(メタデータの編集者)と呼ぶことを提唱している。


コンテンツの価値を知るユーザー企業がリードして推進

上記のようなコアメンバーがプロジェクトを推進していくことになるが、コンテンツ管理を社内のみで実現することは難しい。そこで、設計や開発などをアウトソースすることになる。

だが、コンテンツ管理は日本ではまだ新しい分野のため、製品ベンダやSI 企業が十分な知識・経験を備えていない場合が多い。また、管理対象とすべきコンテンツや管理行為は組織によって大きく異なるため、社外からそれらをすべて把握することが難しい。

さらに、コンテンツ管理に終わりはなく、継続的な改善が伴う。そのため、ユーザー企業、特にコンテンツを主に扱う制作などの部門が、強い当事者意識と問題意識を持ち、主体的に課題解決に向けて取り組んでいくことが望まれる。

コンテンツ管理はマーケティングコミュニケーションの分野で起こるべくして起こったイノベーションと言える。実現するには相当な時間と労力が必要になるが、ゴールを定めてチームを編成し、一刻も早く着手すべきだ。ビジネスは待ってくれないのだから。


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